からくり綱火


一言主神社と言えばからくりと言われるほど、当社と最も縁の深い郷土芸能です。
当社例大祭が花火祭と呼ばれる由縁であり、現在も奉祝祭にて披露される
「からくり綱火」のご紹介をします。

奉祝祭の最後を締めくくる仕掛け花火

「からくり綱火」は一言主神社例大祭の最後を締めくくる、江戸時代前期より伝承される花火と木偶人形による芝居劇を組み合わせた特殊芸能です。空中に網目のように張り巡らせた綱を巧みに操り、空中で花火とともに演じられます。

からくり綱火は当社の他につくばみらい市の小張松下流(小張愛宕神社)、高岡流(高岡愛宕神社)を合わせ全国に3箇所しか例のない郷土芸能であり、当社の綱火は総本社の鎮座する葛城山にちなみ「葛城流からくり綱火」と呼ばれています。葛城流からくり綱火は特に変化物が多いことで知られています。

当社からくり綱火は元々、村落内の火伏の神である万治2年(1659年)開基の三峯神社(明治42年当社境内へ合祀)御造営の際に奉納された火祭がはじまりと云われています。その後鎮守である一言主神社へ奉納されるようになりました。

平成11年には「大塚戸の綱火」として、茨城県指定無形民俗文化財へ登録されています

糸繰桟敷は、東側に掛けられてある。・・・抜けあがる程でもないが、色の白い細面の三番叟が、
金らんの被り物に編子の袴を着けられて、右手に扇子を持ち、左手に御祓を持つて吊るされてあつた。
(明治25年のからくり綱火の風景)
〜 横島広吉『一言主神社花火祭回顧録』〜

一言主神社の花火祭り

一言主神社の例大祭は俗に「花火祭」と呼ばれています。

大正2年の『常総鐵道名勝案内』には「毎年陰暦八月十三日例祭の際に夜を徹して擧行する大烟火は規模の雄大と技術の精妙とを以て知られ関東一の名あり、眞に一大壯観とすべく、當日遠近より來観の人極めて多し」と当時の盛況ぶりが伝えられています。

葛城流からくり綱火は戦後一時期の間中断をはさみつつも、昭和44年に結成された「大塚戸芸能保存会」の手によって現在も奉納が行われています。また、平成25年からは例大祭(9月13日)近日の土曜日に新設された「奉祝祭」の最後を飾る行事として、より多くの見物を集めるようになりました。

からくり綱火の演目と内容

からくり綱火は、三番叟(さんばそう)、仕掛け万燈、当日の芸題の3部より構成されています。三番叟は、綱火の奉納に先立ち東西南北を清め固める舞で,,五人の引き手によって三番叟人形が操られます。仕掛け万燈は傘状の飾りのついた万燈で、花火が回転する万燈とともに中央から傘の部分へ美しく移ってゆきます。

当日の芸題は当社保管の『芸能目録之図』(文久4年(1864年))より、「安珍と清姫」、「那須与一」、「空海と文殊菩薩の智恵比べ」など67演目のうちより選ばれます。演目はそれぞれからくりによる仕掛けや変化の趣向を凝らしており、人形が花火ともに大蛇へと変化するなど見どころが多く用意されています。また、上演にあたっては、紹介の口上が述べられ、この近世芸能ならではの語り口も見どころの一つといえます。

葛城流からくり綱火が奉納される「奉祝祭」は、毎年異なる日程で行われています。
詳しくは当社ホームページ「新着情報」をご確認ください。